コラム:WHOコードについて

WHOコード(母乳代用品のマーケティングに関する国際規準)について

2019年3月13日(水)の参議院予算委員会で、佐々木さやか議員と片山さつき男女共同参画担当大臣が、WHOコードへの配慮の必要性について意見を述べられていたことは、喜ばしい出来事でした。これまでの日本では、政府・行政やメディアからWHOコードについて発信されることはほとんどなく、その存在もあまり知られていませんでした。

乳児用ミルクも牛乳を原料としながら随分と改良が進み、母乳を飲ませることができない場合や母乳だけでは足りない場合には貴重な栄養となっています。けれども、母乳が十分に出ているときや、赤ちゃんが飲むことで増えていくのを待てる状態のときに乳児用ミルクを使うと、赤ちゃんが母乳を飲む回数や量が減って、その分、母乳の分泌は減ってしまいます。減った分を補うためにミルクを増やすとさらに分泌は減り、やがて止まることにもなります。一旦止まった母乳を再び十分に分泌するように戻すことは至難の技です。したがって、乳児用ミルクを普通の商品のような販売手法で普及させられるとたちまち母乳育児が圧倒されてしまうので、母乳育児に適した環境を保つためには乳児用ミルクの販売規制が必要不可欠であると考えられています。そのために定められたのがWHOコードです。国内ではまだ法制化こそされていませんが、日本はWHO(世界保健機関)加盟国でWHOコードに賛成しています。

母乳代用品のマーケティングに関する国際規準(WHOコード) 要約
International Code of Marketing of Breast-milk Substitutes

    1. 消費者一般に対して、母乳代用品の宣伝・広告をしてはいけない。
    2. 母親に試供品を渡してはならない。
    3. 保健施設や医療機関を通じて製品を売り込んではならない。これには乳児用ミルクの無料提供、もしくは低価格での販売も含まれる。
    4. 企業はセールス員を通じて母親に直接売り込んではならない。
    5. 保健医療従事者に贈り物をしたり個人的に試供品を提供したりしてはならない。保健医療従事者は、母親に決して製品を手渡してはならない。
    6. 赤ちゃんの絵や写真を含めて、製品のラベル(表示)には人工栄養法を理想化するような言葉、あるいは絵や写真を使用してはならない。
    7. 保健医療従事者への情報は科学的で事実に基づいたものであるべきである。
    8. 人工栄養法に関する情報を提供するときは、必ず母乳育児の利点を説明し、人工栄養法のマイナス面、有害性を説明しなければならない。
    9. この「国際規準」の適用状況の モニタリング(監視)は政府が、国としてそしてWHOの構成員として、果たさなければならない義務である。
    10. 母乳代用品の製造業者や流通業者は、その国が「国際規準」の国内法制を整備していないとしても、「国際規準」を遵守した行動をとるべきである。

日本では1950年ころから各地で乳児用ミルクのメーカーを中心に赤ちゃんコンクールが開かれ、乳児用ミルクで育った大きく太った赤ちゃんの表彰がマスコミによって報道される時代を経て、急速に乳児用ミルクが母乳にとって代わりました。1970年代には発展途上国にも乳児用ミルクが導入されるようになり、貧しい地域において乳児用ミルクで哺育された乳児の下痢による死亡率が15倍、肺炎による死亡率が4倍になるなど大きな被害が報告されました。対策としてWHO(世界保健機関)とユニセフ (国連児童基金)は、乳児用ミルクの自由な販売競争を規制するためにWHOコードを策定し、1981年の世界保健総会で118対1、棄権3(反対はアメリカ、棄権は日本、韓国、アルゼンチン)という圧倒的多数で承認されました。日本は1994年の世界保健総会でアメリカとともにWHOコードに賛成しました。

先進国においても、母乳で育つ子どもに比べて乳児用ミルクで育つ子どもではずいぶんと肺炎や気管支炎、感染性胃腸炎などに罹患して入院に至るような例が増えてしまうこと、母乳で子育てをすることによって、母親の乳ガンや卵巣ガン、糖尿病などが予防できること、母子関係にもよい影響があることなどが明らかになりました。アメリカ小児科学会はその方針宣言で、赤ちゃんを母乳で育てることについて「公衆衛生の問題として取り組むべきである」と述べており、CDC( アメリカ疾病管理予防センター )は全米の母乳育児の状況に関する報告書を隔年で発表しています。

WHOコードは各国の政府が国情に応じて実施する勧告として承認されました。国際法と声明の間に位置づけられるもので直接に法的な縛りが発生するわけではありません。 日本は、完全〜一部が法制化されている136ヵ国の後塵を拝して、「法制なし」のグループに入っています。
*WHO/ユニセフ/IBFAN 2018年のレポートより

日本政府は、WHO加盟国としてWHOコードに賛成しているので、WHOコードを遵守できるように国内法を整備し、適応状況を監視する義務を負うはずです。乳児用ミルクのメーカーなどは、国内法が整備されていない状況でもWHO コードを遵守した行動をとる必要があります。しかし、行政も小児科や産科医師、保健師など母子保健に携わる現場の専門職においても、WHO コードに関する知識や関心はまだ低く、産科施設での「メーカーの栄養士による調乳指導」や退院時のお土産としての乳児用ミルクの試供品の母親への提供といったWHO コードに抵触する行為が依然として行われています。医療機関で扱う薬剤についてはこのような慣行はできなくなりつつありますが、乳児用ミルクについては、あまり疑問視されないまま続いています。

厚生労働省の調査によれば、出産前は、95%近くの女性が、母乳が十分に出るようなら母乳で子育てをしたいと考えていますが、実際に母乳で育っている赤ちゃんの割合は、増えてきているとはいえ1ヵ月から4ヵ月で50%ほどです。このお母さんの願いと実際との隙間を埋めるために、WHOコードの遵守・法制化が果たせる役割は大きいことでしょう。毎年8月1日~7日の世界母乳育児週間は、行政や医療従事者、そしてメディアや乳児用ミルクのメーカーなども含め、母子保健に影響を及ぼすすべての関係者とともに、あらためてWHOコードに向き合う機会としたいものです。

文責 平林 円(小児科医)

*「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」

【原文】
International Code of Marketing of Breast-milk Substitutes World Health Organization

【日本語訳参照】
母乳代用品のマーケティングに関する国際規準(邦訳全文) 母乳育児支援ネットワーク